garimpeiro(ガリンペイロ)

働き方・貧困についてもう少し多様な価値観があるということを発信していきます。またそれを実現するためのMein Kampf

心が貧困になる努力に陥らないために

今回は「努力」そのものについて考えてみようと思う。まず、努力というものにどういうイメージを持つだろうか。


自分が以前、「努力」と思っていたのは、ただ一つの目標を定め、辛い練習や勉強を耐え目標達成の瞬間を快楽的なものとする形を努力と思っていた。実際、友達や家族からもそう言われてきたし、自分自身、努力とは過酷の中に充実感を見つけるもの。というイメージで生きてきた。


しかし、この歳になってこういった形に疑問を持つようになった。27歳になり、格段に出会いが増え、色んな人の意見を聞く機会があることや、SNSで発信を続けていることもある。その中で、努力は「この作業を何時間しててもイヤにならないもの」、「この作業をすることが楽しいもの」なんじゃないかと思えてきた。


⒈辛い努力と楽しい努力で得られる差は火を見るより明らか


考えてほしいのは、今やってることに辛さはあるか?楽しさはあるか?ということだ。当然、楽しいほうがいいし辛いのはイヤだ。世間一般の認識では、努力は辛くそれに耐えてこそ、一人前の大人って見方があるが、そう見られても辛いものは辛い。辛い思いをして達成したものは、嬉しい結果はあるんだろうけど、「やっとか」という徒労が大きいのではないだろうか。


2.義務感でやってる努力やルーティンは辛い努力にもなるし、楽しい努力にもなる。


辛い努力の部類にも、やらないとソワソワしたり成長できないって努力がある。この努力に関しては「工夫」をこらせば楽しい努力に繋がる。


《その工夫として…》


①.とにかく、やり続け、同じことをしている同士を見つけて刺激し合う。(TwitterFacebook内でもいいから刺激し合う関係をつくる)


②.作業量を数値化しよう。今は、多くのiPhoneアプリがあるので、それを用いてやった作業量をグラフや数値化すればそれなりに達成感が味わえる


③.①の方策と被るかもだが、成果をBlogを通じて書き連ねよう。


①〜③にいえることだが、努力は世間に見せても何の意味もない。だが楽しくない、辛いと感じるのは世間からの賞賛や形として残った感がないということだ。(もちろん、楽しい努力はそんなものを感じずとも進められるんだろうが)やらないとソワソワする努力はやるんであれば楽しく、刺激があったほうがいい。故に工夫が必要


3.まとめ


やはり、慣れないものをやり始める際に、好きになればそれにこしたことはない。しかし、なるべく嫌いにならずに、辛くならずに習慣化させていきたい。その際はより、刺激や交流を意識した作業を一つ増やしておけば、辛い努力から楽しい努力に変わる。楽しく努力できるものを増やし、人生を充実させれば得ではないだろうか?


今日はこのくらいで…