遅すぎることはない

働き方・貧困についてもう少し多様な価値観があるということを発信していきます。またそれを実現するためのMein Kampf

「諦める」ことについて考えてみた

Blogを月に一度の更新といいながら、サボりまくっているw

久々に面白い本を読んだので、今日はその読書感想文みたいなものを書く。

2年前に刊行された為末大選手の「諦める力」を読んだ。やはり、僕も「諦める」についての価値観は中途半端や、堕落っていうマイナスイメージだ。読んでみて、諦めるっていうことに対して価値観が変わるかなっていう期待を持ってよんだが、あまり変わらなかった。

今回の記事は「諦める」とはなにか。また、なぜ諦めることについての価値観が見直されてるにも関わらず、未だに諦める=マイナスという価値観は根強い印象。それがなぜなのかを考えていきたい。

1.諦めるってなに?

辞書で引いたり、ググったりすると諦めることとは「途中で投げ出す」、「やめる」というマイナスなニュアンスで綴られている。


2.諦めることについてのマイナスな要因

本書にも書かれてあったが、日本人は諦めることについてかなりのマイナス思考ある。やはりその要因として、スポ根文化や体育会系なノリが重要視され、重宝がられることもあるが、一番は「節目」を重んじることなんだろう。その節目を無視しての途中退場は歯切りが悪く、気持ち悪い。

3.なら節目とは?

節目を重んじるというと、正月や記念日という公共的なものをイメージしがちだけど、ここでいう節目とは「自分の中で完結したやりきった感」あるいは「例え失敗しても最後まで貫いた」という雰囲気や感覚だろう。

4.やはり、途中で諦めることは僕としても悔いが残る

上記の節目を無視して途中でやめるのは、僕もなんか勿体無いなって思ってしまう。逃げてもいい、諦めてもいいっていう考えが徐々に広まりつつあるけど、もうこれ以上無理だなって思ってしまえばやめてもいいけど、なんだかまだやれそうだけどまぁ、いいかっていう感覚でやめちゃうのは、けしからんというより勿体無い。

まぁ、今日はこんなところで…

参考文献