garimpeiro

働き方・貧困についてもう少し多様な価値観があるということを発信していきます。またそれを実現するためのMein Kampf

オモテナシって過剰労働?

おはようございます。こんにちは。こんばんは。

 

今日は「オモテナシ」について考えたいと思います。この「オモテナシ」というワードが出てきたのはオリンピック選考会での滝川クリステルさんのプレゼンというのは記憶に新しいと思います。日本の接客は丁寧で、外国からも絶賛されるほどです。

ただ、ぼくはこの「オモテナシ」に疑問を感じます・・果たしてそこまでしなきゃいけないものなのでしょうか?

 

★オモテナシはサービスを受ける側は得をするけど・・

冒頭にも書いたのですが、オモテナシは質が高くて日本人の僕でも凄いって思ってしまいます。なので、外国人だったら、こんなこともしてくれるの?日本人て凄い!ってなるんじゃないでしょうか。オモテナシは日本が誇れる文化だと思います。ただ、一方でこれやりすぎだよなって思うのもまた事実。

 

≪ちょっと反響があった過去ツイート≫

 

 自分から積極的に好意を持ってオモテナシってこと自体は悪くないのですが、これがこと会社であったり、ビジネスの現場であれば話は別かなとは思います。

オモテナシの精神を優先するあまり、結果的に雇用契約以上の過剰労働につながるのではないかと疑問符が残りますよね。ではなぜそうなるのでしょうか

 

★お客様は神様文化

アルバイトでも、正社員でも働いた経験がある方なら分かると思いますが、日本の会社やビジネスパーソンのほとんどは、お客様は神様という意識で接していると思います。例をあげれば、やたらへりくだる電話、お辞儀の角度、接客マナー講習、敬語の使い方・・あたりでしょうか。

新人研修などでさせられた経験がある方も多いと思います₍僕もさせられました₎

ただ、正直に言ってしまえば、これって雇用契約以上のサービスですよね。また、普段の自分とは異なったことをしなくてはならないため、タスクが増え、縛りに思えてきて仕方ないんですよね。雇用契約である以上それ以上のことってやっても意味ないんじゃないかなって思います。

 

★サービスを受ける側にもある原因

お客様文化に派生してかそうでないかは定かではないですが、日本人自身も相手に求めるものって大きいと思うんですよね。やたら接客や言葉使いに厳しい人ってそんな印象受けます₍偏見ですが₎

 

以下記事引用

お互いがお互いの義務について約束をすることで、契約は成立する(双務契約の場合)。そして、この約束した義務にない行為は、しなくても契約という点からは咎められることはない。労働者は最初に約束した時間の範囲で労務を提供すればいい。牛丼屋も、牛丼を提供して客が食べられるような状態にすればいい。定時後や休日に無償で働いたり、笑顔で一緒にあたたかいお茶を出したりしなくても、「契約」上の義務は十分に果たしている。 しかし、現実にはこういう「契約上の義務だけを果たす」という態度を取ると嫌な顔をする人が多い。多くの日本人は、契約内容以上のサービスを相手に求める。業務時間が過ぎたからといって、職場の周囲の事情を気にせずに自分だけさっさと帰る人は、社会人の常識がないと批難される。店員が無愛想で客にお茶を出さない飲食店も、あそこはサービスが悪い、けしからんと言われてしまう。別に、そんなことは最初の約束の範囲には入っていないのにも関わらず、サービスをしないほうが悪いという感じで過剰な要求がつきつけられる。

日本人は契約内容以上のサービスを相手に求めすぎ - 脱社畜ブログ

 

★オモテナシをすると派生する可能性のある問題

派生という書き方をしてしまったのですが、既に起きている問題ですが過剰労働だと思います。これは話が飛躍しているという見方もできるかもしれませんが、結局のところ、契約以上のことをしている、しなきゃいけない雰囲気っていうことですよね。

もしも、自分からオモテナシをしようということではなく、研修や上司や先輩に言われたからという理由でオモテナシをしてしまうことは嫌気がさす以外のなにものでもないですよね。

 

以下記事引用

dennou-kurage.hatenablog.com

 

「おもてなし」の心は、それがサービス提供者の好意から、自発的に出るものであれば素晴らしいものだとも思う。 ただ、こういった過度の「おもてなし」の要求が、サービス提供者、つまり現場で働く労働者に過度の無理を強いているという側面も忘れてはならない

「おもてなし」の心を日本のすべての会社が見習う必要はない - 脱社畜ブログ

 

★最後に

オモテナシについて色々語ってきましたが、これ以上書くとまとまりがなくなりそうなのでここら辺にしておきます。

オモテナシもいいかもしれませんが、僕は「良い加減があってもいいと思います。

良い加減というのは「ほどほど」という意味で、決してテキトーにしているというわけじゃないです。

 

Vol.115 11月 いい加減は「良い加減」 | ぶんぶん通信

いい加減は「良い加減」なのです

 「いい加減なヤツだなぁ」とか「アイツはホントに適当だな」と言うのを、褒め言葉に聞こえる人はあまりいないと思いますが、五木さんは著書の中で「健康には『いい加減=良い加減』や『適当=ほどほど』が大切です」と述べています。

 江戸時代に「養生訓」というベストセラーを著した貝原益軒さんも「何事もほどほどが健康に良い」と仰っていますし「過ぎたるは猶(振り仮名:なお)及ばざるが如し」という諺(振り仮名:ことわざ)もあります。まあ、何でも「過ぎる」のは良くない、つまり「ほどほど=良い加減」がいいということなんですね。そう考えると冒頭の言葉も、なんだか褒め言葉に聞こえてきませんか?(笑)

江戸時代の著書にも書かれていることなので参考にしてみてもいいのではないでしょうか。では

 

仕事は良い加減でいい。オモテナシなんかクソくらえ 

参考

dennou-kurage.hatenablog.com